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代表者挨拶

私が鍼灸師を目指したのは、高校1年生の終わり頃でした。

動機は単純で、会社員にはなれないのがわかっていたからです。
母方の親戚が鍼灸院と整骨院を経営しており紹介されて、初めて鍼灸師を意識しました。
紹介されて何も考えていなかったわけではないのです。

祖父が地元のお宮さんのお祭の時に雅楽の楽器、笙(しょう)を家で練習していたのを聞いたり、八卦で使うような不思議な図面を見てきて、書いてある意味を知りたくて鍼灸師のすすめに応じました。

その時は、大学受験よりも楽勝と思ってノビノビしていました。

 

大阪の鍼灸整骨院に丁稚奉公

親戚の柔整師のすすめで、大阪の鍼灸整骨院に丁稚奉公に行き始めてから技術に目覚めてしまいました。 

初めて白衣をきるだけでも身が引き締まって緊張しているのに、患者さんに対して「おだいじに~」という独特の挨拶がなかなか言えずにいました。

院長をはじめ8人ほどスタッフがいる繁盛院でしたから、患者さんの名前を覚えるのも大変です。

マッサージから覚えて色んなことを、覚えました。

古くから通う患者さんには、新人の施術は嫌がられましたし、それは仕方ないけど先輩と比べて、あの先生は、余分に腰を揉んでくれるから、あんたも揉んでちょうだい。

というノリが妙に鼻につきイライラしました。

いきなり上手くはなりませんでしたが、体のどこを操作すれば筋肉が緩むのか解らないなりにも図書館で、書籍や図鑑を借りて読み漁ってました。

技術を身につけて症状をとれば、「揉んで」とか言われなくなると考えたからです。

だんだん患者さんにも認められるようになった20才の時です。

 

母親が癌の疑いで入院

母親が癌の疑いで入院しました。

お見舞いに行ってふと、思い出した事があります。

私が小学生の頃母親が乳癌の疑いで入院しました。
いつも家にいるはずの母がいない時、静かな家の中で子供ながらとても不安になったことを思い出したのです。

今でもあの時の家の中の雰囲気は思い出せます。

整骨院での丁稚奉公でしたから、捻挫や肩こり・腰痛のマッサージや整体の技術は覚えることができました。

でも病気に対して自分の技術は全くの無力だということを思い知らされました。

 

開業

母親のがん検診での入院がきっかけで深く鍼灸を学び病気に対して自分が何かをしたい!ということをテーマに知識と技術を習得しました。

そのおかげで、頭痛や首こり、肩こりを痛みを筋肉の症状として考えずに、消化器官や内臓機能や体温調整など自律神経の不調の症状として診れるようになったのです。

私は、頭痛・首こり、肩こりは自律神経の不調であること注目し、病を予防することで、家族が病気や入院をした時の「不安な気持ちをあなたにして欲しくない」気持ちで安心できる健康サポートを提供しています。

 

梨本光久

 

代表者略歴
昭和43年12月 鹿児島県姶良市生まれ
昭和63年4月 関西医療学園専門学校鍼灸科入学
平成3年3月 関西医療学園専門学校鍼灸科卒業
平成3年4月 関西医療学園専門学校柔整科入学
平成6年3月 関西医療学園専門学校柔整科卒業
平成7年3月 梨本鍼灸整骨院開業
平成年月 波鍼灸整体院として完全自費治療院に
2014年 「気口九道」燎原出版 共著
2015年4月 自律神経安定プログラム CRD整体を医療情報研究所からリリース
2016年5月 生理痛解消バイブルを医療情報研究所からリリース
〜現在に至る〜
代表者趣味
読書(歴史・文化人類学・生物)
人を育てること
アイディアを形にすること

 



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